「長谷川式認知症スケール」より分かる9項目の障害解釈と対策方法
目次
長谷川式認知症スケール
代表的な認知症テストとして「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」が挙げられます。10分程度で実施可能であり、特別な技術も必要としないことから、最も普及している認知症テストともいえます。
- お年はおいくつですか?(2年までの誤差は正解) 「0・1点」
- 今日は何年、何月、何日、何曜日ですか? 「年→0・1点 月→0・1点 日→0・1点 曜日→0・1点」
- わたしたちが今いるところはどこですか? (自発的に出れば2点、5秒おいて家ですか?病院ですか?施設ですか?から正しい選択をすれば1点 「0・1・2点」
- これから言う3つの言葉を言ってみて下さい。あとでまた聞きますのでよく覚えておいて下さい。 「桜→0・1点 猫→0・1点 電車→0・1点」
- 100から7を順番に引いて下さい (100-7は?それから7を引くと?と質問する。最初の答えが不正解の場合は打ち切る) 「93→0・1点 86→0・1点」
- わたしがこれから言う数字を逆からいって下さい。 (6-8-2、3-5-2-9を逆から言ってもらう、3桁逆唱に失敗したら、打ち切る) 「2-8-6→0・1点 9-2-5-3→0・1点」
- 先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみて下さい。 (自発的に回答があれば各2点、もし回答がない場合以下のヒントを与えて正解であれば各1点) 「植物→0・1・2点 動物→0・1・2点 乗り物→0・1・2点」
- これらの5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言って下さい。 (時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なもの) 「0・1・2・3・4・5点」
- 知っている野菜の名前をできるだけ多く言って下さい。 (途中で詰まり、約10秒待っても出ない場合はそこで打ち切る) 「0~5個→0点 6個→1点 7個→2点 8個→3点 9個→4点 10個→5点」
※30点満点中、20点以下だと「認知症疑いとなります」
HDS-R項目別の解釈
HDS-Rの解釈としては、合計得点が20点のラインを超えるか越えないかのみで判断されている場合があります。
しかし、それは非常に勿体ないことです。HDS-Rは項目別に評価をする視点が違っています。つまり、項目別の意味を知ることで、テストを受けた人の得意不得意(残存機能と障害機能)を判断することができるのです。
テストを受けた人の得意不得意が分かれば、得意な面は積極的に伸ばす、不得意な面は無理をせずに代替手段を探すなど、その人に合わせた対応をすることが可能となります。
以下は私が普段行っている項目別の解釈方法をご説明します。
1.お年はおいくつですか?
一般的に私たちは、自身の年齢を大きく間違えることはありません。そのため、自身の年齢を大きく間違える場合は、見当識(自身のおかれた状況を客観的に把握する能力)が低下している可能性があります。
見当識の低下がみらる場合、自身に対する関心が低下していることから、認知症の症状が出始めている可能性を検討します。
つまり、認知症の初期症状を捉える指標として利用することができます。
2.今日は何年、何月、何日、何曜日ですか?
「日時の見当識」の確認を行っています。日時もまた、私たちは大きく間違えることはありません。それは、仕事や家庭など様々な社会と繋がっていくうえで、日時の把握・管理は欠かせないものとなるからです。
「日時の見当識」を間違えるということは、社会との繋がりに関心がもてない状態(もちたくても、もてない状態を含む)になっていることが考えられます。
この場合も、「年齢」同様に、認知症の出現初期である可能性を検討します。
3.わたしたちが今いるところはどこですか?
「場所の見当識」の確認を行っています。私たちは目的をもってその場所にいます。今現在、このページを見られている方も、何かしらの理由があってその場所にいるかと思います。
「場所の見当識」を間違えるということは、今ここにいる理由に関心がもてない状態(分かりたくても分からない状態を含む)になっていることが考えられます。
やはり、「年齢」同様に、認知症の出現初期である可能性を検討します。
4.これから言う3つの言葉を言ってみて下さい。あとでまた聞きますのでよく覚えておいて下さい。
「言語性(聴覚性)の即時記憶」の確認を行っています。私たちは「言語性(聴覚性)の即時記憶」を活用することで、コミュニケーションを円滑に行っています。
例)「おはようございます。昨日は良く眠れましたか?」→質問の内容を頭に留めて答えを探す→「ええ、よく眠れたんですが、朝はテレビの音で早く起きてしまいました」。
コミュニケーションのみならず、日常生活の様々な場面で必要とされる機能となります。「言語性(聴覚性)の即時記憶」を間違えるということは、日常生活の様々な場面で支障が出ていると考えられます。
5.100から7を順番に引いて下さい
「即時記憶・ワーキングメモリ」の確認を行ってます。
特に、「それから7を引くと」という質問が重要となります。100-7の答えである「93」を頭の中で保ちつつ、更に「7」を引くという複数の作業を同時に行うことが求められます。
つまり、容量に限りのある注意を必要に応じて振り分けるという「ワーキングメモリ」に注視した項目となります。
「即時記憶・ワーキングメモリ」を間違えるということは、効率的・効果的な日常生活が遅れていないことが考えられます。
例)調理中に鍋で煮物料理と洗い物を同時に行っていたら、煮物料理を焦がしてしまった。
日常生活の問題と同時進行にて現れることが多くなります。ただし、病前に数字を使う仕事をされていた方などは、認知症が比較的進行しても、正解する場合もあります。
6.わたしがこれから言う数字を逆からいって下さい。
「数字の逆唱」もまた「即時記憶・ワーキングメモリ」の確認を行っています。
「数字の順唱」のように、そのまま言うのではなく、逆から言うという作業は、頭の中で一時的に数字を保持しながら、ひっくり返すという複雑な能力が求められます。
「5.計算問題」とはまた違った視点での「即時記憶・ワーキングメモリ」の確認を行っていることになります。
7.先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみて下さい。
「言語性(聴覚性)の近時記憶」の確認を行っています。「4.」の項目が即時(数秒)記憶記憶の評価であったのに対して、こちらは近時(数分)記憶の評価を行っています。
例)普通にコミュニケーションをとる(話す)ことに関しては問題がないのに、約束事を忘れたり、昨日の出来事を忘れたりする→即時記憶は残存しており、近時記憶が障害されている可能性が考えられます。
「ヒントを与えての正解」に関しては、「cue再生効果」を確認しています。
記憶とは主に保持(側頭葉)と取り出し(前頭葉)の一連の過程を指します。「cue再生効果」とは「前頭葉の取り出し機能」を確認してます。
つまり、「ヒントを与えて正解=cue再生効果がある」とは、前頭葉機能を補うことで記憶の一連の過程が成り立つことから、保持(側頭葉)には問題がなく、取り出し(前頭葉)に問題がある可能性を考えることができます。
「cue再生効果」の確認が出来た場合、個々の問題に対して、ヒント(きっかけ)を与えることで解決できることも出てきます。
例)約束の時間を忘れてしまう→アラームを指定の時間になるように設定するなど。
8.これらの5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言って下さい。
「視覚性の即時~近時記憶」の確認を行っています。今までの項目が「言語性(聴覚性)」であったのに対して、こちらの項目は「視覚性」によるものとなっています。
例)家の中で大事な物を片づけた場所が分からなくなってしまう。
同じ記憶障害であっても、言語性(聴覚性)か視覚性障害の程度に差が出るケースが多くあります。機能が残存している側面での記憶保持を促すことが効果的な場合があります。
例)聴覚性記憶×、視覚性記憶〇の場合→メモなどや絵カードなどを利用して記憶する。
9.知っている野菜の名前をできるだけ多く言って下さい。
「言語の流暢性」を確認しています。「語の流暢性=前頭葉機能」となります。認知症の初期症状を把握するうえで、反応性の良い(早期に発見できる)項目となります。
注意点
HDS-Rの実施について
- テストの実施に関しては慎重に検討しましょう。人によっては「バカにされた」などと感じる場合もあります。
- 不安症状が強いなど、テストの受け入れができていない場合は無理をしないで下さい。
- 重度の難聴、視力障害や失語症(高次能機能障害)を伴っている場合は、正確な判定が困難となります。
- テストの実施者は、答えの内容に対して反応を変えず、一定の対応をしましょう。
- テスト終了後は「お疲れさまでした」などの声掛けをして、相手をリラックスさせましょう。
- 合計20点のラインは目安ですが、項目別の点数など踏まえて総合的に評価をします。
認知症について
- HDS-Rのみで認知症と判断することはありません。より詳細な認知機能検査、日常生活上での症状、CT・MRI等の画像所見などを医師が総合的に判断して診断されます。
- 認知症を診断するためには、せん妄や意識障害(一時的な反応性の低下)を除外する必要があります。
- 認知症と診断された場合は、本人だけでなく家族も含めて総合的に支援していく必要があります。
記憶の側面からみた認知症
「記憶」の側面から認知症を説明すると「様々な種類の記憶障害と、その他複数の高次能機能障害が重複して、日常生活や社会生活上での障害をきたした進行性・慢性的な疾患」と説明できます。
冒頭にて述べたように人の「記憶」とは、自分を自分たらしめるもの「自己同一性」を維持するために欠かせないものとなります。
例えば、今現在、このサイトを見ているあなた自身が、パソコンの前に座っている理由が分からなくなったら?目の前で話しかけてくれる内容「昨日はありがとうございます」の理由が分からなくなったら?親しげに話しかけてくれる目の前の人が、誰だか分からなくなったら?
急に不安になって、ソワソワしたり、怒りっぽくなったり、理由なく歩き回ったり(徘徊)。認知症で問題行動といわれている症状にも、当事者なりの理由(原因)があることが分かります。
「記憶」の側面からも、認知症の症状を「診る」ことができれば、より深い理解が進むのではないでしょうか?